読み物『漆器と日本人の暮らし』

日本は「木の国」です。

船も、道も、橋も、家も、家具も、そして器も、あらゆるものを「木」で作り出してきました。
「木」と共生し、「木」に包まれて暮らしてきた民族です。
しかし、温もりがあって再生産可能な素敵な材料である「木」にも弱点があります。
それは、水が染み込んでしまうと痛んでしまったり、汚れやすかったりすることです。
「木」という素材を暮らしに取り入れるならば、何かで保護、コーティングするということは、日本人に課せられた宿命ではなかったでしょうか。

そこで、太古の日本人が、自然の中で編み出したのが、漆の樹液で木を守るということでした。
木を丈夫に大事に使う、さらに美観まで高める。漆のルーツの一つは、そういうことだったのかもしれません。

そして、原料である「漆」自体もまた、木から生まれます。

—しかも、木の中で唯一「きへん」ではなく「さんずい」の文字があてられた不思議な樹木によって。

15年かけて育てた1本のウルシの木から、わずか牛乳瓶1本分ほど(200cc)しか取れない漆。

生の樹液に触れれば、ひどくかぶれる。誰もが知っていることですが、そんな困難を乗り越えて、この原料を使いこなしてきた日本人の根気と技には感服します。(※ なお、製品となって完全に硬化した漆は酵素の活性が失われるためかぶれることはありません。)

そして、ひとたび乾いてしまえば、漆を溶かす溶剤はないと言われるほど丈夫で、強い酸やアルカリにも強いのが漆です。

また、漆はその乾き方が独特。漆は他の塗料、例えばペンキが乾くような環境では乾かないのです。

ちょうどサウナのようなムシムシした環境、温度20℃以上、湿度65%以上で乾燥(硬化)します。寒いと乾かず、温度が上がるに従って乾くようになり、40℃を超えるとまた乾かなくなります。しかし80℃を超えるとまた乾くようになる、という不思議な性質を持っています。

さらに、あまりも湿度や温度が高過ぎると、漆が早く乾き過ぎてしまい、塗膜の表面にチジミと呼ばれるシワが寄ってしまう現象が起こってしまうため、その日の気候に合わせて、漆を微調整し、工房の環境を整えるのが漆職人の経験と技の神髄と言えます。

漆。その語源は、一説によれば、「麗し(うるわし)」とも「潤し(うるおし)」とも言われています。

この言葉が表すように漆器の持つしっとりとした光沢と深みのある風合いは、長い歴史の中で、日本人そして世界の人々を魅了してきました。

世界最古と言われる漆器は、北海道で見つかっていますが、なんと9,000年前(縄文時代早期)と推定されています。

会津地方でも、三島町にある縄文時代の遺跡(荒屋敷遺跡)からは、朱塗りの糸玉が出土されています。

漆器のことを、16世紀頃のヨーロッパでは、小文字で「japan」と表現していたことが当時の文献等に残されています。(現在では海外で漆器をjapanと表現することはありませんので、漆器=japanと外国人に話しても全く通じませんので、ご注意ください。)
当時、それだけ漆器は日本独自のものとして認識されていたんですね。
ちなみに漆器がjapanと呼ばれていた当時、陶磁器のことは「china」と呼ばれていましたが、こちらは現在でも「Bone china」などの英単語として残っています。

漆器の一番の魅力は、見た目ももちろんですが、持って口に付けたときに感じるあたたかさだと感じます。

漆は「人の肌にとても近い感触」を持った塗料と言われます。

見た目の綺麗な艶と共に、手に包んでみると優しいぬくもりと心地よさがあることに気づくはずです。

そして、日本だけの食事の作法(洋食器にはない和食器特有の使い方)、それは、器を手に持って、口に付けて食をいただくこと。

漆器は、木の国日本で育まれ、五感で楽しむ感性に優れた日本人によって高められた、素敵な器なんです。

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